育休ママの徒然日記 

第一子育休中に第二子を授かるも、システィック・ヒグローマと診断。出産や育児、復帰に悩む日々について書きます。

罪悪感

 

※システィック・ヒグローマと診断され、次回のエコーを待っているときに思ったことの日記です※

 

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お腹の赤ちゃんがシスティック・ヒグローマと診断され、色々な思いが頭を駆け巡りました。

 

 

まず最初に思ったことは、「先天性の異常があるなら妊娠を諦めたい」ということでした。

私には、ダウン症や先天性異常のある子どもを愛し育てる自信がない。

みんな健康で、子供たちは賢く優しい子で、夫婦は仲良く、皆でたくさんお出かけして旅行もしたい。それが私の理想の家族の姿でした。

そして子供たちが手を離れてきたら夫婦でデートをしたり、自分の時間をたくさん持ちたい。

皆が望むであろう当たり前の理想だけど、それが永久に叶わなくなるのはいやだ。

冷たい母親だと思われると思います。

私自身もそう思いますし、そういう自分を軽蔑します。

でも、素直に思ったことを書きました。

 

次に思ったことは、「どうか健常に生まれてきてほしい」。

嚢胞もNTもなくなって、なんの異常もなく大きくなって生まれてきてほしい。

元々子供は苦手だったけれど、生まれてきた娘はたまらなく可愛い。

だから、きっとお腹の子も生まれてくれればどんな状態でも愛おしいはず。

ただただ、お腹の子が無事に生まれてほしい。

 

この2つの思いがずっと、ぐるぐると頭の中を巡っていました。

自分の勝手な願望と、母としての思いがぶつかり続けていました。

お腹の子の命を親が決めるということに対して、そんな選択が許されるのかと悩みました。

考えるほど苦しくて、もし次回のエコーでお腹の赤ちゃんの心臓が止まっていれば、苦しい選択をしなくて済むという最低な考えも頭をよぎりました。

 

娘を生んで少しずつ親になってきたつもりでした。

でも、私はこういう自分本位で最低な人間だった。

そうだった、元々こういう奴なんだった。大して変わってなかったなと自分にうんざりしました。

 

 

一方夫は愛情深く、家族思いな人です。

毎晩寝る前に私のお腹をさすって、

「安心してゆっくり大きくなるんだよ」

「お姉ちゃんもパパもママも、生まれてくるのを楽しみにしてるよ」

「愛してるよ」

と、優しく言ってくれます。

 

その言葉を聞くたび、母としての暖かく愛しい気持ちが沸いてくると共に、

「夫にひきかえ、私はなんて最低な人間なんだ」という罪悪感で胸が苦しくなります。